日本の鬼・鬼伝説を探る

 鬼のモニュメント

鬼伝説の原型

鬼とは角が生えた世にも恐ろしいものとして描かれています。「倭名類聚抄」(平安時代中期に作られた辞書・わめいるいじょうしょう)によると鬼言う訓(よみ)は中国思想からきた<隠>の字の音になまりであるとされています。人の死せる魂をさし、隠れて姿を現さないもののけの意味であると言われています。こうしたことからすさまじい形相の赤鬼や青鬼は空想上のことなのです。鬼の形相はインド思想からきたもので夜叉がそのもととなると言われますが、鬼門の方向、すなわち丑寅の方向であることから牛と虎を合わせて想像したものであるらしいですね。

しかし、都市伝説まがいの話も伝えられることがあります。岐阜県の真言大谷派の松沢山念興寺に鬼の頭蓋骨という角がある骸骨が秘蔵されていたり、大分県の真言宗の十宝山大乗院に鬼の身がそろった三本指のミイラが祀られていたりもします。真相は不明ですが興味深い話でもありますね。

日子座王(ひこいますのきみ)伝説

京都府舞鶴市と福井県高浜市の境に青葉山があります。ここに陸耳御笠(くがみみのみかさ)・匹女(ひきめ)を首領とする土蜘蛛がいて人民を苦しめていたと言います。討伐の勅命を受けた日子座王率いる軍勢は由良川筋で陸耳御笠勢と影しく戦いを繰り広げたのち陸耳御笠軍は与謝の大江山(大江山)に逃げ込んだとされています。

 青葉山

丹後風土記残欠によると大江山に伝わる鬼伝説で最も古い伝説が日子座王伝説」だとされています。

この陸耳御笠のことは「古事記」の崇神天皇の条に「日子座王」を旦波(たにわ)に遣わし玖賀耳之御笠を殺さしたまひき」と記されています。丹波、丹後のみならず、但馬地方にも日子座王が陸耳御笠を討った伝説が残っています。

日子王は系譜によると第9第開化天皇の子で崇神天皇の弟とされ、日子座王伝説は近江、東は甲斐(山梨県)、西は吉備(岡山県)まで広い範囲で残っています。「日子」という名は大和朝廷の存在を現すものだとも言われます。

大和朝廷の勢力拡大

大和朝廷の諸国征服に乗り出した記録が残されているのは崇神天皇の時代からで、記録によると崇神天皇は四道将軍と呼ばれる4人の将軍・を諸国に派遣したとされ「四道将軍」と呼ばれ北陸方面には大彦命(おおひこのみこと)、東海方面には武淳川別命(たけぬなかわわけのみこと)、丹波には丹波道主命(たんばみちぬしのみこと)を派遣し、備勢力拡大をはかっていったものと思われます。その勢力拡大様子が描かれたのが、日子座王の鬼退治伝説と思われます。

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