鬼と鬼伝説と現在に生きる鬼

 酒呑童子伝説

 

大江山も紅葉の季節になってきました。大江山と言えば鬼伝説で有名な山ですね。日本の鬼の交流博物館があり「世界鬼学会」が設立され鬼学会にも参加しています。「大江山鬼の学校2017」があり講演を聞きました。

鬼に関して色々と研究されている研究者の講演があり実に面白く、興味深い内容です。

<お問い合わせ>

〒620-0321 京都府福知山市大江町仏生寺909

TEL:0773-56-1996

鬼伝説はいくつかあるのですが有名な「酒呑童子伝説」を紹介します。

時は平安時代、一条天皇の頃。西暦1,000年前後、京の都は栄えていたがそれはほんの一握り、摂関貴族たちの繁栄であった。

酒呑童子は越後国蒲原軍(えちごこくかんばらぐん)の百姓の子。胎内に16ケ月もおり、生まれながらにして歯を生やし、邪法を学んで賊の頭目となり大江山にたてこもった。

「西山に妖鬼住み、王法を倒そうとしている」陰陽師の阿部清明の占いで大江山に鬼退治を行うことになった。大江山に向かう武将は源頼光(みなもとのらいこう)を筆頭に、藤原安昌(ふじわらのやすまさ)ならびに坂田公時(さかたのきんとき)、渡辺綱(わたなべのつな)、ト部李武(うらべのすえたけ)、碓井貞光(うすいさだみつ)らの6名で正暦元年(990年)3月21日に丹波をめざす。

頼光一行がは山伏姿に身をやつし、道中、翁(おきな・老人)に姿をかえた住吉・八幡・熊野の神々の案内を受けながら進む。翁たちからは神変奇毒酒(しんぺんきどくしゅ)、神明守護の御兜(かぶと)与えられて進むと川のほとりで血のついた着物を洗う官女(かんじょ)に出会う。官女より鬼の棲家(すみか)を聞き、酒呑童子の屋敷にたどりつく。

 

酒呑童子は一行を修験者として気を許し、酒宴の場に招待する。頼光たちは鬼毒酒を童子と手下の鬼たちに飲ませて酔つぶし、それを見た頼光は名剣・鬼切丸(おにきりまる)を抜き童子の首を切りおとす。切り落とされた童子の首は来航の兜に喰らいつくが各明神の神通力が入った兜により事なきを得て、童子の手下の鬼も退治して都に凱旋しました。

日本の妖怪変化・鬼は最強の鬼として描かれ、日本最古の鬼伝説とも言われます。この鬼伝説の成立は南北朝時代(14世紀)ころまでに定型されたものではないかと言われます。この伝説をもとに絵巻物や浮世絵、芸能などの素材になり、近代でも映画や小説などでも取り扱われています。

御伽草子に描かれる酒呑童子

「御伽草子」によると酒呑童子は頼光に騙され殺されますが、酒呑童子はこの時「情けなしとよ客僧たち、いつはりなしと聞きつるに、鬼神に横道なきものよ」と頼光をののしります。(鬼神・童子正しい道に生きているのに鬼神・童子をだますとは人の道にはずれている)

朝廷と仏教や陰陽道のとって酒呑童子は対抗する存在だったと言われます。古来よこの地域に住み、宗教や考え方が異なる一定の勢力もった土着の民のことを鬼と呼び朝廷勢力を拡大したのが酒呑童子伝説だとも言われています。

*この伝説の他にも言い伝えられた説があり検証していくことが必要と思いますね。

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