俳句と季語を画像と動画から詠む

俳句は旅をして詠むことが楽しいものです。しかし、現地で詠むことができないこともあります。そこで、画像や動画に収め感じたことを家に帰り詠むことにしました。但馬の秘境 秋・紅葉の天滝に行ってきました。駐車場から30分くらいは歩いて滝まで登らなくてはなりませんが小さな滝を見ることもでき紅葉と滝を楽しむことができますね。

俳句を学んで行きたく思っているところですので恥ずかしいですが一句詠んでみました。

             天滝を仰ぎて祈る紅葉かな

天滝は弘法大師は滝に打たれたとの伝説が残されています。天を仰ぐような高さから流れ落ちる滝を見ていると自然に祈ってしまいます。紅葉した紅葉の葉が風に揺れていました。滝の雄大さに思わず頭を下げているのかと思いましたね。

奥の細道に見る自然

俳句は日本固有の短文詩とも言われますが、短い文章で詠んだ人の気持ちや情景を現すものとして素晴らしいものです。松尾芭蕉の「奥の細道」は「月日は百代の過客にして行きかふ年も又旅人なり」から始まる文は有名ですが、芭蕉は宇宙をも詠んだ人物だと言われる方もあります。それだけ深いものが俳句なのですね。

人と自然との関わりの中で多くは詠まれていますが、人はどうして自然を詠むのでしょうか。日本の四季折々移り変わる自然の中での暮らしと考え方が深層にあるように思います。自然との付き合いを大事にしてきた民族だと思うのです。

日本の歴史は縄文時代から弥生時代そして奈良時代、平安時代を経て現代に繋がっていますがその土地で生きる人々の暮らしと宗教観なども重なり詩の中に生きているように思えます。日本人の考え方はどこから生まれたのか難しい課題ですが現在学んでいきたいと思っているところです。

明治時代に生まれてきた近代詩も自然をモチーフにした詩が多いように思えます。明治時代は西洋文化が入ってきた時代ですが、西洋に追いつけ追い越せで近代詩も詠まれるようになっていきますが、明治時代の詩人・評論家の北村透谷も自然を詠んでいます。富士山が良く詠まれていたとも言われますが・・・

嗚呼(ああ)少(わか)かりし時、曾って富嶽に攀上り(よじのぼり)近く、其の頂上(いただき)に相見たる美しの月 美の女王! 曾つて又た隅田に舟を投げ、花の懐にも汝ちは契りをこめたりき。

若い日に登った富士山で見た美しい月を花咲く隅田川の船上で見た月と共に思いだすと詠われています。この詩の中にも日本人の感性が盛り込まれているように思えますね。

俳句を学ぶにあたって詩な度の短い詩を読むことで学ぶことができないものかと思っています。秋が一段と深まってきました。自然にふれあうには良い季節です。自然と触れ合う旅に出かけられて俳句を詠まれてはと思います。

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