元号と万葉集と日本文化

新しい元号は「令和」に決まりました

万葉集から選定され、日本の古文から選ばれたのは、初めてのことと言われます。これまでは中国の古書から選ばれたとのことで、日本の古文から選んだのは現代の時代背景や政権の考え方を反映させたのではないかとも言われますが、その真相は闇の中ですが、知ったところで何の意味を持つのかとも思います。

元号を考えることは日本の歴史を振り返ること

元号は「大化」で「大化の改新」(645年)に始まるとされていますが、この年は「日本書記」からのもので、この大化の改新の年は646年?なのではとか、そもそもなかったのではとの議論が起きていますが、初めて元号が作られた理由があると思いますね。

この時代は遣隋使が大陸に送られ大陸文化が吸収された時代で、この時期、中国から仏教や色々な文化が多くはいってきた時代で「歴」も入ります。中国に習い元号も制定されたようですね。

元号は天皇制との関係がありありますが、天皇は国を治めていることから、自然災害や事変など政権が脅かされるようなことが起きると元号を変えたようです。元号制定には国の安定を願うことが込められているようです。元号は2~3年で変わっていることもありますね。

元号というのは宮廷とその関係が元号を知るのみで農民まではいきわたっていなかったようです。一般の人々が元号を知るようになったのは江戸時代からだと言われます。明治時代になり元号制度を変え天皇の即位の時に元号を変えるようになりました。現代もこの制度が引き継がれています。

*元号の歴史は次のサイトがあります。

日本の元号一覧 

教えてかんでん

がわかりやすく書かれているように思います。

新元号「令和」は万葉集から選ばれました

これまでは中国の古文から選ばれていたようですが、「令和」は初めて日本の古文から選ばれたようです。

「万葉集」は奈良時代の歌集20巻が収められ、大伴家持(おおとものやかもち)がまとめたとされています。仁徳天皇の皇后磐姫から天平時代までの約400年間の歌、4500首が収められた日本最古の歌集と言われます。

当時、中国や朝鮮半島との結びつきがあり、大陸文化が沢山日本に入ってきていたと言わます。平安時代に書かれた「源氏物語」も大陸文化のことにふれられた記述が沢山ありますが、物語では「大陸文化を日本文化にしていく」ような記述があったように思いますが、文化を吸収し日本文化にしていこうとする日本人の気質が現代でも引き継がれているように思いますがどうなのでしょうか?

朝廷文化が現代でも庶民の中にありますね

元号は中国などアジアの国々で使われていたものですが、国が変わるなどで使われなくなり現在、元号を使う国は日本だけなようです。元号については色々な議論が持ち上がっています。元号は世界的に通用する歴でないことは確かなことだと思います。

元号が庶民の間で使われ始めたのはいつからなのでしょうか?識字率が改善した江戸時代には庶民が使っていたような文献があることから元号が使われていたようです。明治時代に天皇の即位による元号制定となり一層庶民にひろがったようですね。政府が絡んで元号が浸透していったようです。

江戸時代には、「ひな祭り」「食事の作法」など朝廷から武家文化にそして庶民への広がりとなりますが、朝廷文化を暮らしの中で見ることができますね。

元号は朝廷の儀式からはじまっていますが、考えて見れば法の縛りという面ばかりでなく庶民が使いやすい歴だとして使ってきたのかも知れませんね。

西暦何年になにが起こったのと聞かれたら中々思いだせませんが、平成時代に何が起こったのと聞かれればスムーズの思いだすことができますね。元号は比較的スームーズに思いだすことができますね。大化と言えば何が起こったのと聞かれると「大化の改新」と答えられます。

このようになぜか馴染みができるものが元号というものかも知れません。これから開催されるオリンピックも「令和オリンピック」「昭和オリンピック」と言われると記憶がすぐさまよみがえるような気がします。

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