鬼と神と京都

鬼と京都

 吉田神社の節分祭

 

京都の秋は紅葉が美しく、平安時代の雅な都人の暮らしを思い浮かべてしまうものです。しかし、当時、都は「鬼」などが横行し、安心できるところではなかったと言われます。

この鬼たちを退散させるため、祈祷などを行い退散させるなどが行われ、陰陽師 安倍晴明などが活躍していた時代でもありました。

秋となるとなぜか鬼の存にが気なります。紅葉が進む鬼伝説の「大江山」に行くと鬼たちの騒ぎ声が自然の中で騒いでいるような気がしました。

 大江山の秋

鬼伝説と小説 「童の神」

小説すばる読んでいると「新刊を読む」というコーナーで伝説と史実を再構成された大興奮の物語となっていました。小説には色々な鬼も登場し面白そうだと思い読むことにしました。

 日本鬼の交流博物館

私はに鬼に関心を持ち、大江山に「日本の鬼の交流は博物館」があり、「世界鬼学会」がつくられており、会に参加をしています。

日本文化を語る上で「鬼」 がたえず出てくるもので「鬼」は避けることができないテーマだと思います。鬼は悪いことをするもので憎まれるものかと謂えば、守り神として祀られるものでもあります。こんなことを考えていますと、日本に西洋のような悪魔はいるのでしょうか。憎むべき存在の鬼であっても、酒呑童子は山伏に扮装した光頼一行をもてなしますが、酒呑童子は頼光の鬼毒酒で体が動けなくなる退治されることになります。

酒呑童子は死ぬ間際に、「情けなしよと客僧たち、偽りなきと聞きつるに、鬼神に横道なきものを」(客僧たちよ。お前たちの言葉を信じたのにこの仕打ちか。我々鬼は卑怯なことはしなかったのに)と言って首をはねられます。

このことに表されているように実に人情深さを感じるもので、悪の総称ではないと思います。日本人にとって悪とは何なにでしょうか。私たちに流れる理屈でない感情の動きがあるように思います。

 童の神

小説「童の神」では、「平安時代、「童」と言われるものたちがいた。鬼、土蜘蛛、滝夜叉、山姥・・・など恐ろしげな名で呼ばれ、京人から蔑まれていた。一方、安倍晴明が空前絶後の凶事と断じた日食の最中に生まれた桜暁丸は、父とふるさとを奪った京人に復讐を誓っていた。様々な出会いを経て桜暁丸は童たちと共に朝廷軍に決死の戦いを挑むが・・・。皆が手をたずさえて生きられる世を熱望し散っていったものたちへの、祈りの詩。」

鬼伝説で最大で最も有名な鬼は「酒呑童子童子」ですね。小説では大江山が決戦の舞台となっていますね。

この小説は実に面白いです。また鬼は朝廷の意に反する者達の総称だったように描かれています。

この小説は面白いのですが映画や動画になればもっとリアルに面白さが伝わるように思いましたね。

 鬼嶽神社

鬼とは何か

鬼とは何かは明確に言い表す事が出来ない存在だと思います。若い人たちも興味を持つ人が多いです。酒呑童子伝説を絵巻物として表したいとか、鬼のキャラクターを作りたいとか、また、刀に興味を持つ刀で鬼切丸に興味を示す方など色々な」分野で楽しめますね。

鬼のことを知るには「日本の鬼交流博物館」を訪ねるのが良いと思います。「世界鬼学会」も設立され誰でも加入することができます。交流博物館にお問い合わせをされると親切に対応いただけます。

<お問い合わせ>

日本鬼の交流博物館

〒620-0321 京都府福知山市大江町仏生寺909

TEL/FAX 0773-56-1996

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