「西郷どん」心を動かし心が動く

考えてみれば維新てなに

維新とはどのような時代だったのか。大河ドラマで知ることができます。江戸幕府による「鎖国」という海外との交易などを禁止する制度の中でアメリカとの日米親和条約、日米修好通商条約を結び、海外の情報がはいり大きく変わる時代だったのですね。

今まで見たことのない、蒸気船が沖にいるのですからびっくりしたことでしょう。

世界から隔たった暮らしてきた 人々にとって突然黒い蒸気船が現れ、西洋の文明にふれることになるのですから、かなり戸惑いあり、衝撃的なことだったと思います。

新しいものと古いものが入り混じり、西洋文化と日本の文化が入り混じった世界は驚きの連続だったと思いますね。

「散切り頭をたたいて見れば文明開化の音がする」

ちょんまげを切り洋風の髪型にした様子ですが、西欧文明を学ぶことが急務と言われ、岩倉具視を特命全権大使として、副使には木戸孝允、大久保利通、伊藤博文がづ随行して1年10ケ月旅をして、一番必要と考えたのが鉄道だったと言われ、鉄道を開通させます。歌で「汽笛いっせい新橋を・・・」は有名ですが新しいことを次から次に進められます。

この視察のときちょんまげが「豚のしっぽ」とバカにされたことから断髪令を出させて新聞に掲載された言葉と言われます。髪が変わることにも抵抗があったようです。

廃藩置県

幕府体制の中では、藩は国であり藩帰属の意識は強いものがあったと思われます。そんな中で「廃藩置県」は抵抗があったことでしょう。

廃藩置県は中央集権の政治を強め、税収を増やし財政基盤をつくり、富国強兵という軍隊をつくり強化していく目的だったと言われています。

国の財政を安定させて海外の勢力の脅威に対して軍事強化しようとするものだったのですね。

薩摩は軍事的に優れた藩であり西郷隆盛は政治家でなく軍人だと本人の語っていますが、時の政府の軍事の責任者として期待されていたようです。政府の役職の任命は出身藩の人物を多く選出など役職の藩の配分が問題になっていたようです。新しと政策を断行しようちしますが、薩摩、長州、土佐が中心の政府であったため不満が渦巻いていたようです。

現代も派閥などと言って考え方や息の合うものが集まりグループが形づくられますね。人の世の宿命なにでしょうか。がそれにしても明治維新は何から何まで新しいものばかりです。そんな時代で国を形づけていった人たちのエネルギーに驚きます。

「西郷どん」の運命

西郷隆盛の人物は坂本龍馬の隆盛評価が有名です。

い「西郷というやつは、わからぬやつでした。釣り鐘に例えると、小さく叩けば、小さく響き、大きく叩けば多くく響く。もし、バカなら大きなバカで、利口なら大きな利口だろうと思います。ただ、その鐘をつく撞木が小さかったのが残念でした。」

こうした全く新しい時代を作る明治と言う時代と多くの人々から慕われる隆盛の個性が自分自身でもどうにもならない隆盛の「運命」と言うものだったように思います。大河ドラマ「西郷どん」その「運命」を見ていきたいと思います。

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